『遊廓と日本人』 田中優子|近代女性人権失を明治療の推移と照らし合わせて検分できるカウンターカルチャーの副読本

CourrierJaponの有料会員向けサービスで、毎月5冊の本をウェブ上で読めるのだけれど、もちろん5冊も読む体力はないし、すべての本が興味のあるものというわけでもない。

というわけで、今年になって月に1冊はこのサービスを利用して、なんとか月末までに読了するノルマが科せられている。

5月に読んだのは、表題のとおり。

memo

「遊廓」についての本。

日本 1585~1958年(373年間)  廊(くるわ)を形成

日本文化と江戸時代の遊廓

遊扉のシステムと遊女の人権侵害について

経済のみならずジェンダー問題として

→多くの仕事の選択肢のひとつ!?

① 遊女にキャリアアップの道がない問題

②遊女の年齢制限問題

③遊女の病気と暴力のリスク問題

④ 遊女の恋愛の壁問題

権力や金で縛る行動は現代の#MeToo運動に通じるものがある

遊廊は、家族が生き残るために女性を、誰も選びたくない仕事に差し出す制度

平安時代の遊女は船で移動

→遊女は「長者」と呼ばれる統率者が束ね、呼ばれると派遣された(芸能と床入り)

遊廊と芝居町の成立は海外交易体制の整備(鎖国)と参勤交代の確立の時期に重なっている。

江戸時代には全国に25ヵ所以上の遊廓が存在、主に江戸・大坂・京都

江戸・吉原が唯一、芝居町との補完関係にあった遊廓だった

元吉原(人形町)→新吉原(千束)

大きさは約270m×360m

遊廊は性を売っていたのではなく、恋の理想(夢)を売っていた。

遊廊を語り継ぐべき理由

・日本の芸能使の観点

・性と芸能が一体だった遊廓

・恋の文化もてなしの文化の場として