お・も・て・な・し の神髄は敏腕編集者に学べ、ってか?(笑)
この記事は、2014年11月にアップして、消えてしまったものの再アップです。
このところ「編集者の品位」みたいな話題が喧しい。
そう、柳美里さんと月刊『創』のあいだで勃発している原稿料不払い論争だ。おっと、論争になっているかどうかはともかく。
というマクラで、こんな記事を読んだ。
ライター稼業と原稿料 100万部編集者から渡された封筒には|NEWSポストセブン
ボクがこの論争(もちろん「当事者の」ではなく、周辺の)に参加しなかったのは……
この筆者と同様なことをして30年のライター人生を過ごしてきたからだ。
自己責任。
そう、フリーランスが取りっぱぐれるのは、自分が悪いのだ。
目の前にぶら下がった餌が安全かどうかを確かめずに針に食らいつく迂闊さ。
足元を見られないよう、執拗に正当な権利を主張する根性。
お勤めの方々なら否応無く直面させられているこのような状況に、フリーだからといって免除が許されるはずもない。
もちろん、慈愛の心という建前を繕って、なんの救いにもならないことに薄々気付きながら相手に施しをしたつもりになることで救われると思っているのならまったく別次元の話になるので、これ以上いたしませんが。
記事では15万円も多く振り込まれているエピソードがあるけれど、ボクにはこういう羨ましいエピソードがない。
それから、この記事のオチになる領収書の返送用の切手を貼った封筒の件だけど、正直言ってこれを一端として彼の能力の全貌を語るのはいかがなものかと思う。ちょっと小さい男に見えちゃうかもしれないからね。
気が利くっていうのは、自己満足と相手の機嫌の狭間で揺れ動く曖昧な概念ではないだろうか。
そうであれば、そこに執着するのはあまり意味があるとは思えない。
切手まで気を配ることができなくても、この人と仕事をしようと思える人もいるからね。